そもそもテレビ局というビジネスが開花してから、たった50年程度しか経過していないのです。
Nが放送を開始したときのテレビ受像器は日本中で1500台。
日本テレビが開局したときでも、3000台に満たなかったといいます。
何と言っても、当時のテレビ受像器の値段は1台19万円。
大卒初任給の約3年分に相当しました。
それに対して、いまやテレビ受像器は、2万円もあれば買えてしまいます。
新卒初任給は20万円程度ありますから、月給の1割程度で買えるものになってしまいました。
わが国において、家庭に電化製品が本格的に入るようになったのは、50年前の昭和30年代29年~)からだと言われています。
当時、電化製品で家庭をランク付けすると、7階級に分けられたという話があります。
みなさんは第一階級という特権階級になっているのではないでしょうか。
ここで挙げられている電化製品は、ほとんどの家庭が持っているはずです。
そう、わたしたちは豊かになったのです。
それでは、戦後生み出された数々の新製品を振り返ってみましょう。
1953年には国産初の噴流式洗濯機がS電機から発売されました。
55年にはT(当時・東京芝浦電気)が自動炊飯器を初めて世に出しています。
同年S(当時・東京通信工業)が世界初のトランジスタラジオを発売したこともエポックメイキングな出来事でした。
57年にはS電機が扇風機を開発し、東芝が電気こたつを販売しました。
Bは59年に一眼レフカメラを世に送り出しています。
60年、Sは世界初のオールトランジスタテレビを発売して、世間をあっと言わせました。
61年には、Kが押すだけのEEカメラを開発。
64年には、Aがカセットレーダーを売り出したり、S(当時・H電機)が電卓を販売し始めました。
さらに66年にはSが電子レンジを出したかと思えば、68年にはAによるラジカセが登場します。
新製品ラッシュは、その後も続きます。
75年にSがべータ方式による家庭用ビデオデッキを販売したと思ったら、翌76年には日本BがVHS方式で対抗します。
78年には日本語ワープロが東芝から出され、翌79年にはかの有名なウォークマンが世に出ます。
同年、Nはパソコンを発売しました。
ビデオカメラが誕生した80年には、またしてもSが世界初のCDプレーヤーの開発を成功させます。
83年には任天堂がファミリーコンピュータをマーケットに送り出しました。
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